仙台高等裁判所 昭和29年(ラ)36号 決定
抗告人の抗告理由は末尾添付の抗告理由書記載のとおりである。案ずるに、本件は一関簡易裁判所昭和二十九年(ノ)第九号山林所有権確認等調停申立事件につき、仝庁民事一般調停委員会が抗告人の申立に基き民事調停法第十二条により調停手続終了に至るまでの必要な処分としてなした措置命令に対し、相手方において抗告の申立をしたところ、原審は民事調停手続上の裁判のうち即時抗告をなし得べき事項以外のものについては、民事調停法第二十二条非訟事件手続法第二十条により普通抗告をなし得るとの見解の下に、相手方の抗告を容れたものである。
しかし民事調停法第十二条により調停委員会の為すべき措置命令はいわゆる裁判に該当せず、従つて抗告の対象となり得ないものと解すべきであるばかりでなく、仝法第二十一条が調停手続における裁判に対しては最高裁判所の定めるところにより即時抗告をすることができる旨を規定した趣旨は、簡易迅速な処理を建て前とする調停手続上の裁判については特に定める場合に限り即時抗告のみを許すのを適当とし、普通抗告はこれを許さない趣旨に出たものと解すべきであるから、民事調停規則において即時抗告を許されていない前示措置命令に対しては、たといこの命令を裁判官だけでした場合と雖も即時抗告は勿論、普通抗告もなし得ないものというべきである。
よつてこれと異る見解に立つて相手方の抗告を認容した原決定には、決定に影響を及ぼすことの明かな法令の違背があり本件抗告は理由があるから、原決定を取消し相手方の抗告申立は不適法としてこれを却下すべきものとする。
以上の次第であるから、抗告費用の負担につき民事訴訟法第九十六条第八十九条に則り主文のとおり決定する。
(裁判官 板垣市太郎 檀崎喜作 沼尻芳孝)
★ 抗告理由書
原審は民事調停法(以下法)第十二条(第十五条による準用を含む)の措置に対する抗告の適否につき。
「先づ本件抗告の適否につき案ずるに民事調停法第二十一条は『調停手続における裁判に対しては最高裁判所の定めるところにより即時抗告をすることができる。その期間は二週間とする』と規定し民事調停規則(以下規則)は即時抗告を許す場合をその第四条、第六条第四項、第二十一条、第二十六条所定の場合に限定している、従つて右以外の調停手続における裁判に対しては即時抗告をなし得ないことは言ふまでもないが同法第二十二条は調停事件の性質が本来非訟事件であるところから特別の定めのない事項については補充的に非訟事件手続法の規定を準用すべきものと規定しているので民事調停法上の裁判のうち前記の即時抗告をなし得べき事項以外については非訟事件手続法第二十条により苟も裁判の結果権利を害せられたとする者は、これに対し普通抗告をなし得るものといわなければならない。
ところでいわゆる調停前の前置命令が調停手続における裁判であることはいふまでもなく、しかしてこれに対し即時抗告をなし得るとの特別規定がないから非訟事件手続法第二十条による普通抗告をなし得るものと解すべきである云云」と判示し更に相手方の為した抗告の当否について抗告理由がある旨を判示して一関簡易裁判所民事一般調停委員会が同裁判所同年(ノ)第九号山林所有権確認及所有権移転登記手続履行調停事件につきなした調停前の措置命令はこれを取消す手続費用は一、二審とも相手方の負担とする旨の決定を為したものである。
しかしながら右判示は左記理由によつて法の違反があるか又は法の解釈を誤つたもので延いて違法な判断を為したもので破棄せらるべきであると思料する。
記
第一点、調停委員会による法第十二条の措置は調停手続における裁判ではない。
法十二条の措置がいわゆる憲法上の裁判か否か議論があるところである。即ち同措置は法第十五条によつて裁判官だけで調停を行ふ場合に準用されてあり同条の裁判官単独の場合もあり、また数人の場合もある(法第二十条)ので同条の裁判官は裁判所及受託裁判官受命裁判官を含むものと解されこの場合の措置は裁判の形式を以て為されるであろうがそうであるから調停委員会の為した措置も判示のように裁判であると簡単に断定することは早計である、即ち委員会の決議は構成員(調停主任たる裁判官一人、調停委員二人以上)の過半数の意見によつて定まり可否同数のときは調停主任が決する(法第六条規則第十八条)のであるから例えば委員会の構成が三人の場合に調停委員のみによつて決議が成立し調停主任である裁判官の意見は六敷として排除される場合もあり得るのであつて、この場合に於ても右決議による措置はいわゆる調停手続における裁判と言い得るであろうか。
該措置は全く裁判官の判断の介入しないもので到底裁判とは言い得ないと解すべきであり、また裁判に準ずるものとも解することは出来ない。
このことは本法制定前の各種調停法施行当時調停委員会によつて成立した調停条項を更に裁判所によつて認可(裁判)したことや調停委員会が不法或は不適当な申立として調停をしない旨の決議をした場合裁判所が「申立却下」の裁判を為したこと等に鑑みても瞭かである。その他法及規則中には調停委員会の権限として定められている事項は相当多いが、それらをいづれも裁判と解することのできないことは多言を要しないところであり、該措置によつて当事者間に多少の損害を蒙むることもあり得ることは推認できるが、反対に利益である場合も経験するところである、例えば当事者間の興奮した感情を冷却するための期間を置きまたわ再考を求めている期間内に物の値下りその他の不利益を蒙ることもあるべく反対に値上りしその他紛争が好転して互の利益となつて困難であつたのが容易に解決した事例があるのであるから一概に措置によつて多少の権利を害せられることがあつたとしても該措置を直ちに裁判であると看做して非訟事件手続法第二十条によつて抗告ができると速断ができないものというべきである。
第二点、原審は法第二十二条の解釈を誤つたものである。
法第二十一条は調停手続において為された裁判に対する不服申立方法を定めたもので同法第二十二条は調停事件の性質が本来非訟事件であるから調停法規(法規則)に特別の定めがない事項即ち期日、期間、事実の探知証拠調裁判の方式等について補充的に非訟事件手続法第一編の規定を準用する旨を定めたものであることは原審もこれを認めているのであるが法第十二条の措置殊に調停委員会の措置までも調停手続における裁判であると解したため法第二十二条を不当に拡張し非訟事件手続法第二十条によつて普通の抗告ができるものと判示したのである。
しかしながら最高裁判所の規則によれば調停手続における裁判に対する不服申立は同規則第四条、第六条第四項、第二十一条、第二十六条所定の場合に限定されているのであるから法第十二条の措置に対しては不服申立ができないものと言はねばならない。
第三点、原審の決定には非訟手続法第二十条の違反があるか又は同条の解釈を誤つた違法がある。
民事調停法第二十一条には「調停手続における裁判に対しては最高裁判所の定めるところにより即時抗告をすることができる」とある。最高裁判所により定められた民事調停規則中には「措置」に対し即時抗告を許す規定が全然ないのである。
然らば普通抗告は如何と謂うに民事調停法第二十二条に「特別の定めがある場合を除いて調停に関してはその性質に反しない限り非訟事件手続法第一編の規定を準備する」とある調停前の措置は非訟事件手続法第二十条に所謂裁判に該当しないものであるから之を準用して普通抗告をすることができない。それは調停委員会の行ふ措置は勿論裁判官が単独でする場合の措置についても同様非訟事件手続法第十七条所定の決定に該当しないから同法第二十条の裁判ありと言ふことができない、従つて同条の普通抗告を許すべきものではない原審の決定は非訟事件手続法第二十条に違反があるか又は同条の解釈を誤つた違法があるものといわねばならない。
第四点、民事調停法第二十一条同法第二十三条の解釈を誤つたものである。
民事調停法第二十一条には「調停手続における、裁判に対しては最高裁判所の定めるところにより即時抗告をすることができる」又同法第二十三条には「この法律に定めるものの外調停に関して必要な事項は最高裁判所が定める」と規定があるから最高裁判所の規則に於て調停前の措置に対しては即時抗告を許すことの規定を設けないのに民事調停法第十二条の調停前の措置に対して普通抗告を許さるべきものではない。蓋し抗告は法律に規定ある場合に限り為すことが出来るもので同条の謂ふ所の措置に対しては抗告を許す規定が存在しない故に原審決定は民事調停法第二十一条及同法第二十三条の解釈を誤つた違法がある。
第五点、原審決定は憲法第三十二条及同法第七十六条の違反があるか又は同条の解釈を誤つた違法がある。
裁判所法第三条には「裁判所は日本憲法に特別の定めある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判しその他法律において特に定める権限を有する。前項の規定は行政機関が前審として審判することを妨げない」と規定されている。即ち裁判所が一切の法律上の争訟を裁判するが行政機関が前審として審判することを妨げないと言つているので裁判所にあらざれば裁判が出来ないものであるから行政機関は裁判が出来ないが単に前審として審判ができることを明瞭に規定しているから民事調停法第十二条所定の調停委員会の調停前の措置については裁判と謂ふべきものでない、然るに原審の決定によれば「いわゆる調停前の措置命令が調停手続における裁判であることは言ふまでもなく、しかしてこれに対し即時抗告を為し得るとの特別規定がないが非訟事件手続法第二十条による普通抗告を為し得るものと解すべきである」と判示したが非訟事件手続法第二十条には「裁判に因りて権利を害せられたりとする者は此の裁判に対して抗告を為すことを得」と規定されているが民事調停法第十二条の所謂調停前の措置は同法条の所謂裁判に該当しないものである。
裁判なりと言うには憲法第七十六条所定の裁判所及裁判所法第三条の裁判所、憲法第三十二条の所謂裁判所の法規に基ける裁判でなければならない。即ち判決、決定、命令でなければならないものである。然るに本件は一関簡易裁判所民事一般調停委員会が民事調停法第十二条に基ける調停前の措置であつて非訟事件手続法第二十条の所謂裁判と謂うべきものではない。之れは行政機関に属する一種の行政処分に過ぎないもので憲法所定の裁判所の所謂裁判とは性質に於て異るものである。憲法第七十六条には「すべて司法権は最高裁判所及法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。<2>特別裁判所はこれを設置することができない。行政機関は終審として裁判を行うことが出来ない。<3>すべて裁判官はその良心に従い独立してその職権を行いこの憲法及法律にのみ拘束される。」同法第三十二条には「何人も裁判所に於て裁判を受ける権利を奪われない。」と規定ありて同法所定の所謂裁判には調停委員会が裁判所でないから固より裁判所に該当しない、又同法所定の裁判官には調停委員会の委員は包含されていないから同会委員は裁判官に該当しないと謂わなければならない。然るに原審は非訟事件手続法第二十条の解釈を誤り憲法第三十二条、同法第七十六条及裁判所法第三条の規定に牴触した決定を為したもので結局原審は叙上の規定に違反があるか又は解釈を誤つた違法があると言はねばならない。